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高松高等裁判所 昭和40年(ネ)70号 判決

控訴人 株式会社東邦相互銀行

右代表者代表取締役 三品尚起

右訴訟代理人弁護士 佐伯源

同 石丸友二郎

同 近藤勝

被訴訟人 住友建設株式会社

右代表者代表取締役 斎藤武幸

右訴訟代理人弁護士 白石基

同 畠山保雄

同 宮武敏夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し五五五万円及びこれに対する昭和三五年一〇月一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

(控訴人の主張)

一、被控訴人は昭和三四年七月二三日、日本道路公団(以下単に道路公団という)との間で、同公団発注の松山、小松間道路第一工区工事(以下後記追加工事をも含めて本件工事という)を報酬額(以下に於て工事代金又は請負代金ともいう)四、五〇〇万円で請負い、同年八月二〇日右工事を訴外明治建設工業株式会社(以下単に明治建設という)に報酬額三、六一四万円で下請せしめた。その後道路公団より被控訴人に対して追加工事の発注があり、之に伴い被控訴人より明治建設に対する下請工事についても昭和三五年一月頃代金一、四四四万五、四四三円相当の追加工事の発注がなされ、結局下請工事代金は合計五、〇五八万四、四四三円となった。

二、明治建設は控訴人に対して、昭和三四年一一月三〇日右下請契約に基づく報酬債権中二、〇〇〇万円を譲渡し、更に昭和三五年三月八日右債権残額中の一、五〇〇万円を譲渡し、被控訴人は前者については即日、後者については翌三月九日夫々控訴人に対して右各債権譲渡を承諾した。

三、明治建設は昭和三五年九月三〇日本件請負工事を完成したので被控訴人は前記請負契約に基づく報酬金を支払うべき義務があるところ、被控訴人は控訴人に対し二、九四五万円を支払ったのみで残余の五五五万円を支払わない。よって右残額とこれに対する工事完成の日の翌日である同年一〇月一日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被控訴人主張の二の事実中1の下請契約の内容の点(但し同(4)は除く)、3の中前記第一回債権譲渡以前に被控訴人より明治建設に支払われた下請代金が八一八万六、一一九円である点は認めるが、その余の事実は総て争う。本件工事は控訴人が下請契約を解除したと主張する昭和三五年五月一九日以降も明治建設によって引続き施行されていたものである。

被控訴人主張の三、四の事実も総て争う。

五、仮に被控訴人主張の解除の事実があったとしても、右解除は次の理由によって無効であるか又は控訴人に対抗出来ないものであるから、明治建設の有する請負契約に基づく報酬債権が一部発生しなかったとする被控訴人の主張は理由がない。

1、被控訴人主張の下請契約解除の原因たる工事遅延は被控訴人からの増工事(設計変更)と工事代金の支払遅延とによるものであって、明治建設の責に帰すべき事由によるものではないから、右解除は無効である。

2、又右解除は被控訴人と明治建設とが相通じてなした虚偽の意思表示であって無効である。

3、又右解除は被控訴人と明治建設との合意によるものであるから、これを以て控訴人に対抗することは出来ない。

4、債権譲渡後当該債権の発生原因たる契約を解除するには債権譲受人の同意を要するところ(昭和三年二月二八日大審院判決、民集七巻一〇七頁)右解除は控訴人の同意を得ていないからこれを以て控訴人に対抗することは出来ない。

六、仮に以上の主張が理由がないとしても、被控訴人は本件債権譲渡につき何れも異議を留めない承諾をしたものであるから、控訴人に対して一切の抗弁を主張し得ないものである。

七、控訴人が本件債権の譲受当時、被控訴人主張の各抗弁事実につき悪意であったとの点は否認する。

(被控訴人の主張)

一、控訴人主張の第一、二項の事実中、被控訴人と明治建設との間の下請工事の追加工事代金額の点及び被控訴人のなした債権譲渡の承諾の相手方が控訴人であるとの点を除くその余の事実を認める。下請代金は設計変更により増加した工事量に当初約定された単価を乗ずることによって追加額は自動的に算定されることとなっていたのであって、第二、三次変更契約による最終元請代金に対応する最終の下請負工事代金額は、四、五九四万円となるべきものであった。又右債権譲渡の承諾は明治建設に対してなしたものである。同第三項の事実中被控訴人が控訴人に対し二、九四五万円を支払ったことは認めるがその余の事実は争う。

二、下請契約の解除による出来高債権の不発生について。

1  被控訴人と明治建設との間の下請契約の内容は大要次の如きものであった。

(1) 当初の請負代金三、六一四万円、工期昭和三五年三月二〇日

(2) 代金支払方法は契約時前渡金として代金額の一割を支払い、爾後工事完成部分に対して毎月二五日締切、出来高金額より前渡金の割合(一割)と更に留保金として一割を各控除し、その残額を翌々月一〇日以内に支払うこと

(3) 工事遅延のおそれのある場合、出来栄え不良と認められる場合、工事仕様書又は図面通り施行されない場合は、被控訴人は下請契約を解除することが出来る。

(4) その後追加工事があった為、最終の請負代金は前項の通り変更され、又工期の点は道路公団と被控訴人との間の元請契約に於ける工期が昭和三五年五月二五日まで延長されたが、下請契約の工期は元請契約の工期の約一〇日前とし、遅くとも元請契約の工期に一致すべきものとされた。

2  ところが明治建設の本件工事の遂行状況は極めて不良で、工事出来栄えにつき毎月の如く道路公団から不良個所の指摘を受け、従って又工事の進捗度も遅く、これ等の為被控訴人の四国支店長が公団大阪支社に出頭を命ぜられて注意を受けたこともあった。又被控訴人は明治建設の工事促進をはかる為各種建設機械類の貸与、資材の立替購入による供給を行い、右貸与料等を毎月明治建設に支払う出来高債権より控除していたが、それ等が次第に多額化して昭和三五年一月以降は右貸与料等を控除出来なくなり、又同年四月以降は前記前渡金留保金についてこれ等を右出来高債権より控除すると忽ち明治建設の工事現場資金が枯渇するためこれ等の控除も差控えざるを得ない状態となった。斯くして前記五月二五日の工期限を目前に控えて工事の進行度は極めて悪く到底右期限までに明治建設が自力で本件工事を完成することの不可能であることが明白となった。そこで被控訴人は前記解除の約定に基づき同年五月一九日到達の書面を以て明治建設に対し下請契約を解除する旨の意思表示をなした。

3  明治建設が右下請契約に基づき、それが解除された昭和三五年五月一九日(但し事務の都合上同月二五日を以て区切られる。)までなした工事出来高は三、九五一万九、六一〇円相当であるから、(その内訳は別紙記載の通り)前記下請負契約に基づく明治建設の報酬請求権中右金額を超過する部分は請負契約の解除により発生しなかったものである。そして被控訴人に前記第一回債権譲渡の行なわれた昭和三四年一一月三〇日までに明治建設に対して既に下請工事代金として八一八万六、一一九円を支払っていたから、残額は三、一三三万三、四九一円である。

次に被控訴人は前記の通り明治建設に対して機械類の貸与料債権、資材の立替金債権があり、(1)昭和三四年一二月三一日、五五万円につき、(2)昭和三五年二月一〇日、一三万八、〇八五円につき、(3)同年三月三一日、四二二万一、七七一円につき(以上合計四九〇万九、八五六円)出来高債権と相殺をなした。従って被控訴人の支払うべき正味下請代金額は二、六四二万三、六三五円である。

4  然るに被控訴人が控訴人に既に支払った下請負代金は控訴人の自認する通り二、九四五万円であるから、最早やこれ以上控訴人に支払うべき義務はない。

三、仮に右主張が理由がないとしても、本件工事はもともと明治建設が下請代金四、五九四万円の範囲内で完成すべきものであり、又右の範囲内で完成出来なくとも請負契約の性質上超過額は当然明治建設の負担すべきものであるところ、明治建設の債務不履行によって下請契約は工事半ばで解除され被控訴人に於て爾後の工事を行って完成したのであるが、被控訴人は本件工事の開始から完成までに合計六、一七七万五、〇二六円を支出したものであって、之と前記下請代金との差額一、五八三万五、〇二六円は明治建設の債務不履行に基づく被控訴人の損害である。但し被控訴人は右下請代金について四六四万五、五三〇円の増額を認めるので明治建設に対する損害賠償債権は一、一一八万九、四九六円である。よって本訴に於て右損害賠償債権と控訴人の本訴請求債権とを対等額で相殺する。

四、仮に右損害賠償債権が認められぬとしても、被控訴人は明治建設に対して右と同額の立替金債権を有するので、前項同様対等額で相殺する。

五、控訴人の再抗弁事実中被控訴人が本件債権譲渡につき異議を留めない承諾をなしたとの点を争う。被控訴人は明治建設に対して債権譲渡の承諾をなすに当り、(1)明治建設の工事遂行によって、将来工事出来高に対して支払うべき債権が発生したときに、始めて債権譲渡の効果が生ずるものであること、(2)右債権が発生しても、被控訴人から明治建設に対する抗弁事由(特に相殺)が存するときは、控訴人に対してこれを主張し得ること、の二点について異議を留めたものである。又被控訴人の承諾は債権譲渡人たる明治建設に対してなしたものであるが、斯る場合は特に異議を留めない旨を明示しない限り原則として抗弁権を留保したものとみるのが相当である。

六、仮に異議を留めない承諾であったとしても控訴人は本件債権を譲受ける当時右譲受債権は請負契約に基づいて将来完成されるべき未完成工事部分の報酬請求権であること及び右報酬請求権と被控訴人の明治建設に対する機械等の貸与料及び資材等の立替金の各債権とが相殺されるものであることを知っていたのであるから、被控訴人は控訴人に対し前記下請契約解除による報酬請求権の一部消滅及び相殺を以て対抗出来るものである。

(証拠) ≪省略≫

理由

一、被控訴人主張の第一、二項の事実中下請契約に於ける最終の約定報酬額の点及び本件債権譲渡についての被控訴人の承諾の相手方が控訴人であるとの点を除くその余の事実は当事者間に争いはなく、≪証拠省略≫によると右下請契約に於ける最終の約定報酬額は四、五九四万円となるべきものであったことが認められる。≪証拠省略≫を総合すると右譲渡の対象とされた債権は、第一回債権譲渡迄に既に被控訴人より明治建設へ支払われた八一八万六、一一九円(右支払の点は当事者間に争いはない)を控除した残余の下請工事報酬金の中の三、五〇〇万円であったことが認められる。尚右債権譲渡についての被控訴人の承諾の相手方が控訴人であったか明治建設であったかの点について当事者間に争いがあるが、右承諾は譲渡人、譲受人の何れに対してなされてもその効果は同一であると解するので、右争点についての判断をしない。

二、ところで請負契約は報酬の支払と仕事の完成引渡とが対価関係に立つ双務契約であって、請負人の有する報酬請求権はその仕事の完成引渡と同時履行の関係に立ち、且仕事成完義務の不履行又は約定解除権の発生要件である工事遅延のおそれのある状態を生ぜしめたことによる請負契約の解除によって消滅するものであるから、右報酬請求権が第三者に譲渡され対抗要件を具備した後に、右の事由によって請負契約が解除された場合に於ても、債権譲渡前に既に契約解除を生ぜしめるに至るべき原因が存したものというべきであり、従って斯様な場合には債務者(注文者)が請負契約に基づく報酬債権の譲渡に異論を留めない承諾をすれば右解除による報酬債権の一部消滅を以て右債権の譲受人に対抗出来ないものというべきである。然しこの場合に於ても報酬債権譲受人に於て右債権が未完成の仕事部分に関する請負報酬債権であること、解除に関する特約の存すること、その他債務者の譲渡人に対する抗弁事由の存在することを知っていた所謂悪意の譲受人に対しては民法四六八条一項本文所定の保護を与える必要はないから、債務者は右抗弁を以て債権譲受人に対抗出来るものといわねばならない。

そこで本件の場合について検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、本件下請契約の当初の内容は請負報酬額三、六一四万円、工期限昭和三五年三月二〇日、報酬支払方法は、前渡金として報酬金の一割を支払い、爾後毎月二五日に締切って工事出来高を査定し右出来高に対する報酬金額より前渡金の割合(一割)、留保金として一割を夫々控除しその残額を翌々月一〇日以内に支払うのを原則とする、工事遅延の虞れのある場合、出来栄え不良と認められる場合は被控訴人に於て契約を解除することが出来る、というものであり(以上の点は当事者間に争いはない)、両者間に作成された工事請負契約書にも明記されているが、その他に、被控訴人は明治建設に対して本件工事に使用する為火薬その他の資材を立替購入して提供し、更にブルトーザー等の機械類も貸与することとし、右立替金及び貸与料については毎月右報酬支払時に計算して相殺する旨が口頭で約されていたこと、明治建設は昭和三四年八月中旬右工事に着手し爾来略々順調に進行し、同年一一月三〇日までに右工事の報酬として前渡金を含め八一八万六、一一九円が被控訴人から明治建設へ支払われたこと(右支払の点は当事者間に争いはない。)、ところで明治建設はそれまで同会社の役員である塩田倉嘉が借主となって控訴銀行三島出張所から借受けた金員を事業資金に充てていたが、同年一一月頃控訴銀行から更に円滑な融資を得たいと考え、明治建設の専務取締役である井川茂久が控訴銀行三島出張所長後藤秀夫に対し本件下請負契約書、従来の工事出来高調書等を示して右契約の内容、工事進捗状況等を説明し、又前記立替金、貸与料等の相殺のある関係等も逐一説明した上、今後の工事出来高に対して現実に支払われる報酬額の総計は前渡金、留保金、立替金、貸与料を控除しても優に二、〇〇〇万円を超えるものであるから右報酬債権中二、〇〇〇万円を控訴銀行へ譲渡し、これを担保として融資してくれるよう懇請したところ、後藤所長も以上の如き債権の内容を了承の上、右債権の譲渡を受けることによって控訴銀行より明治建設へ融資することを承諾し、井川専務に被控訴人の承諾書を徴して来るよう求めたので、井川専務は被控訴会社四国支店長西岡亨、同支店総務課長横山秀吉等に対して右の経緯を説明し債権譲渡の承諾方を懇請したこと、これに対し右横山等は、当初、金融機関に対して報酬債権を譲渡すると明治建設の工事現場に資金がまわらなくなるのではないかと懸念し承諾を躊躇していたが、井川専務が、債権譲渡がなされても報酬金から立替金等の諸控除を行うという従来からの支払方法に何等変化はなく、単に現金受領の窓口が控訴銀行となるだけであり、又この為に明治建設のなす本件工事に差支えることはない旨強調したので、結局右譲渡を承諾し西岡支店長名義で債権譲渡承諾書を作成して井川専務に交付し、同専務はこれを後藤所長に提出し、ここに第一回の本件債権譲渡が行なわれたこと、右承諾書には被控訴人主張の如き事由については勿論その他の事由についても格別異議を留める旨の記載はないこと、又第二回の債権譲渡及びこれに対する被控訴人の承諾の関係も右第一回の場合と全く同様な趣旨で右と同一の関係者間で行なわれたこと、なお右第一、二回の債権譲渡に於て明治建設より控訴人に差入れられた債権譲渡証書には、請負工事は未完成ではあるが今後右工事が進行し債権の発生するに従いその債権は順次自動的に控訴銀行に譲渡されるものである旨が記載されていること、以上の事実を夫々認めることが出来、右認定を覆すに足る証拠はない。而して以上認定の事実によると被控訴人は本件請負報酬債権の譲渡に対して異議を留めない承諾をしたものというべきであるが、控訴人は右譲受に当り本件債権は進行途上の請負契約に基づく報酬債権であり今後毎月の工事出来高に対して支払われる部分の債権についてのみ履行請求し得るものであること、右毎月の工事出来高に対する報酬金の中から被控訴人の明治建設に対する各当月の資材立替金、機械類貸与料が相殺されるものであること、及び右請負契約には前記の如き解除権に関する約定の存すること等の事実を認識していた所謂悪意の譲受人であるというべきであり、従って被控訴人は控訴人に対し約定解除権の行使による爾後の報酬債権の消滅並に明治建設に対する立替金貸与料の債権に基づく右報酬債権との相殺の各抗弁を以て対抗出来るものというべきである。

三、そこで下請契約の解除の点について検討するに、前認定の通り本件下請契約に於て被控訴人主張の如き解除の約定が存したところ、≪証拠省略≫を総合すると、追加工事によって被控訴人と道路公団との間の元請契約に於ける工期は昭和三五年五月二五日まで延期され、これに伴い下請契約に於ける明治建設の工期も遅くとも右元請の工期までとされたところ(尤も≪証拠省略≫によると、元請の工期はその後同年五月二五日に同年七月一五日まで延期され、更に同年七月一四日に同月二五日まで延期されたが、これ等は何れも後記の如く同年五月一九日に下請契約が解除された後に延期されたものであるから、前記下請契約に於ける工期に影響しない。)明治建設の工事進行状況は、昭和三四年末頃までは略々順調であったが昭和三五年に入ってから明治建設の資金繰が困難となって人夫賃、諸資材購入費、その他の支払が遅延した為労働能率が低下し、又資材の納入も遅れる等のことから、工事は目立って進捗しなくなり、又工事出来栄えについても不良箇所が多く、同年五月初頃に行なわれた道路公団の検査官による中間検査に於て不良箇所を指摘され、尚その際同月二五日の工期限について厳しい督促を受けたので、被控訴人は直営の作業班を現場に投入して工事促進をはかったのであるが、当時明治建設は既に資金面で行詰り被控訴人に対する諸機械類の賃借料債務、立替金債務等も合計約八〇〇万円に達していて、到底自力を以て、前記工期限までに本件工事を完成することが出来ない状態であったので被控訴人は、工事遅延の虞れある場合に当るものとして前記解除の特約に基づき同年五月一九日明治建設に到達の書面を以て右下請負契約を解除する旨の意思表示をなしたことが認められる。≪証拠判断省略≫

控訴人は明治建設の工事遅延の原因は設計変更と被控訴人の工事代金支払遅延にあるのであって、明治建設の責に帰することの出来ない事由によるものであると主張し、≪証拠省略≫中には右主張に添う証言が存するが、≪証拠省略≫に照してにわかに措置し難く、他に控訴人の右主張を認めるに足る証拠はない。

次に控訴人は、右解除は被控訴人と明治建設とが相通じてなした虚偽の意思表示であり、或は両者の合意によってなされたものであると主張し、≪証拠省略≫中には右主張に添う証言が存するけれども、≪証拠省略≫に照して措信し難い。又≪証拠省略≫には前記解除後も明治建設が本件工事に従事した労務者の労務賃、食費代、本件工事に使用した諸資材購入の代金等を支払い、又明治建設名義の本件工事の工事日報、追加工事の見積等が作成されている等、恰も右解除後もなお明治建設との下請契約が存続していたかの如き記載がなされているが、≪証拠省略≫によると、右解除後の工事は被控訴人の直営として施行したが、解除による現場の混乱を避けて工事を円滑に遂行する為に従来明治建設が使用していた山口組等の労務者を総てそのまま被控訴人に於て使用することとしたのであって、≪証拠省略≫中の右解除後の明治建設に対する支払の記載は被控訴人から直接労務者に支払った労務賃、本件工事用資材等の購入代金を直接又は明治建設を介して支払ったもの等であるが、被控訴人の帳簿管理の都合上従来通り明治建設に対する支払として記載したものであり、又≪証拠省略≫中の解除後の明治建設に対する相殺は、右工事に関する被控訴人の明治建設に対する立替金債権の未回収分が高額になっていたので解除前の明治建設の出来高工事についての報酬金の増額(約四六〇万円)を認め、これと右立替金債権とを相殺する措置をとったものであり、更に≪証拠省略≫中右解除後の控訴人に対する支払は、解除前の明治建設の出来高工事(但し昭和三五年五月二五日を以て締切ったもの)に対する報酬金の支払であること、≪証拠省略≫は右工事に関して被控訴人の支出した金員の合計が明治建設に支払うべき約定報酬額を超過する部分は被控訴人の明治建設に対する立替金若くは明治建設の債務不履行に基づき下請契約を解除したことによる被控訴人の損害であるとの考えから、帳簿処理の都合上右解除後の支出も明治建設に対する立替金として記帳したものであること、≪証拠省略≫は、被控訴人の現場作業所長である福家千助が、解除前後の作業状況、労務賃その他の諸支払状況等を明確に把握する為に、解除前現場事務を執っていた明治建設の職員を補助として使用して作成せしめたものであること、≪証拠省略≫は被控訴人の直営で行う本件工事に於て火薬使用に当り従来明治建設が得ていた火薬使用許可を利用した為に明治建設の火薬台帳に火薬使用が記載されたものであること、以上の事実を夫々認めることが出来るから、右各書証は未だ前記控訴人の主張を支持する資料とはならない。又≪証拠省略≫によるも未だ控訴人の主張を認めるに足りない。

又控訴人は被控訴人のなした本件解除は債権譲受人たる控訴人の同意を得ていないから控訴人に対抗出来ない旨主張するが、双務契約たる請負契約に於て請負人がその報酬請求権を他に譲渡した後に於ても、請負人に債務不履行又は約定解除権発生の要件たる事実が生じた場合には注文者はこれを理由に右請負契約を解除出来るのであって、これについて債権譲受人の同意を要するものではないと解すべきである。控訴人の引用する大審院判決は双務契約の一方の当事者が自己の債権を他に譲渡した後、他方当事者の債務不履行を理由に契約を解除する場合であって本件と事案を異にするものであるから、直ちに本件に類推することは出来ない。

四、そうとすると明治建設の本件下請契約に基づく被控訴人に対する報酬請求権は前記解除のなされた昭和三五年五月一九日までの工事出来高に対するものに限られ、これを超過する部分は解除によって消滅に帰したものというべきである。而して≪証拠省略≫を総合すると右解除までの工事出来高(但し被控訴会社に於ける毎月の出来高査定は二五日締切を以て行なわれるので、右解除までの出来高査定も昭和三五年五月二五日までとする。)に対する報酬債権額は合計三、九五一万九、六一〇円(その毎月の内訳は別紙記載の通り。)であることが認められる。≪証拠判断省略≫(但し前記の通り、その後被控訴人に於て右報酬債権額につき約四六〇万円の増額を認めたがこれは被控訴人の明治建設に対する未収立替金債権を減少させる為の措置であって、右増額分は立替金債権と相殺の処理がなされた。)。

ところで既に認定の通り本件第一回債権譲渡の行なわれた昭和三四年一一月三〇日までに被控訴人から明治建設に対して本件請負工事の出来高に対する報酬金として前渡金を含め合計八一八万六、一一九円が支払われていたのであり、この部分は本件債権譲渡の対象となっていなかったのであるから、結局現実に控訴人が行使し得る譲受債権額は三、一三三万三、四九一円である。

五、次に≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人は前認定の明治建設との約定に基づき、明治建設の毎月の工事出来高に対する報酬金中より当月分の立替金、貸与料等の債権を相殺して来たが、(この中第一回債権譲渡前に行なわれた相殺は当事者間に争いのない前記八一八万六、一一九円の中に含まれている。)昭和三四年一二月分の右立替金等債権五五万円については同年一二月三一日に控訴人に対し同月分報酬金と対等額で相殺する旨の意思表示をなし、又昭和三五年一月以降は前認定の通り明治建設の資金難から右立替金等債権の相殺を差控えて来たが、同年二月一〇日にそれまでの立替金等債権の中一三万八、〇八五円につき、又同年三月三一日にそれまでの右立替金等債権の中四二二万一、七七一円につき、夫々控訴人に対し各同月分報酬金と相殺する旨の意思表示をなしたことが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。従って現実に控訴人が行使出来る譲受債権額三、一三三万三、四九一円の中右合計四九〇万九、八五六円については右相殺によって消滅に帰したものであり、従って残債権額は二、六四二万三、六三五円である。

六、そうすると本件譲渡債権について被控訴人から控訴人に対して支払われた額が二、九四五万円であること当事者間に争いがないのであるから、右譲受債権は既に消滅しているもので控訴人の本訴請求は理由なく、従ってこれを排斥した原判決は正当であって本件控訴は棄却を免れない。よって控訴用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 合田得太郎 裁判官 奥村正策 林義一)

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